
「欲望によって捕らえられた者は、檻しか見えない」 -フランツ・カフカ- 法務部 井村真大

この言葉は、20世紀を代表する小説家、フランツ・カフカ氏が遺した言葉です。カフカ氏は現在のチェコ、プラハ出身であり、主人公が理不尽な目にあったり、絶望的な状況に陥る作品が特徴的です。
カフカ氏の格言集にのっている言葉で「人間は欲望に囚われると、自ら視野を狭め、本当の現実を見失ってしまう。そして、その狭い視野で見ているものを現実だと思い込んでしまう」ということを表しています。
私たちは普段、自らの意志で自由に何気なく生活していると思います。どこへ行くか、何をするか、誰と会うかなど、すべて自分で選んでいるつもりでいます。しかし、ふとした瞬間に自分の心を見つめ直してみると、そこには目に見えない欲望、つまり「檻」が存在し、振り回されているのではないでしょうか。
その「檻」は、仏教では悩みや苦しみを生み出す根本的な原因である「三毒(さんどく)」と言います。三毒とは「貪(むさぼ)り」の心、「瞋(いか)り」の心、「痴(おろかさ)」の心の3つを指します。
例えば、「人から認められたい」「お金が欲しい」「あの人が羨ましい」という「貪(むさぼ)り」の心で満たされているとき、私たちの視野は驚くほど狭くなります。カフカ氏の言葉にあるように、自分の欲という「檻」の内側にいるとき、私たちの目には「欲を満たしてくれるか」という「檻」しか映りません。
檻の向こう側には、欲望に囚われることのない清らかな世界が広がっています。しかし、欲に囚われると、「檻の外の世界」を見る余裕も、感じる心も失われてしまうのです。
自分がどれほど恵まれているかにも気づけず、「もっと欲しい」「なぜ手に入らないのか」という不満と焦りに苦しみ続けることになります。
どれほど打ち消そうとしても欲望の「檻」から出ることができず、イライラとしてしまうのは「瞋(いか)り」の心があるからです。
そして、自分の欲望によって視野が狭くなり、本当の姿が見えなくなってしまうのは「痴(おろかさ)」の心があるからです。自力でこの「檻」から抜け出すことは、私たちにとって決して容易なことではありません。
では、自ら「檻」を出ることができない私たちは、一生その狭い世界で苦しみ続けるしかないのでしょうか。
そんな私たちにお釈迦様は「小欲知足」というみ教えをお示しくださいました。
「小欲」とは、余分な欲望を持たないようにすること。「知足」とは、今すでに満たされていることに目を向けることを表します。
自ら「檻」を出ることができない私たちだからこそ、大切なのはこの「小欲知足」のみ教えではないでしょうか。日々の生活の中でなるべく余分な欲望を抑え、改めて自分自身を見つめ直してみる。そうすれば、当たり前のように過ごすことのできる日常や、健やかに暮らすことができていることなど、すでに多くのことに満たされていることがあることに目を向けることができるのです。この「小欲知足」のみ教えを心に留め、日々の生活を過ごして参りましょう。
合掌