明顕山 祐天寺

「物言えば 唇寒し 秋の風」   作者:松尾芭蕉

 

松尾芭蕉の有名な句の一つです。この句は2つの視点からみることができ、そのままこの言葉の通り受け取ると「口を開いたら寒々しい秋の風で唇が冷たくなってしまった」という、ただ情景を詠んだ句になります。しかし「秋の風」が心情を表しているとすると「人に余計なことを言えば後々言わなければ良かったと後悔して寒々しい気分になる」という別の意味も持っており、「口は災いの元」のような戒めの句でもあるのです。

皆さまの中にも友人や家族に言ってはいけないことや悪口、余計な一言でケンカをして後悔された経験のある人もいらっしゃるのではないでしょうか。近年ではSNSでの誹謗中傷やインターネット掲示板での心ない一言で自ら命を絶つ人も増えてきております。軽い気持ちで放った言葉かもしれないが受け取る人によっては取り返しが付かないほど重いものになる場合もあります。それほど「言葉」の影響力は大きいのです。

 

もし、あなたが目の前の人から悪口を言われたらどのような気持ちになりますか?おそらくカッとなり、怒りの感情が溢れ、怒りを抑えきれない人は手が出てしまう人もいるかもしれません。また、相手がインターネット上の目に見えない人だったらどうでしょうか。男性なのか女性なのか、年上なのか年下なのかもわからない人から、しかも不特定多数から誹謗中傷を受けていたらイライラを通り越して悲しい気持ちになるかと思います。

では人から悪口を言われた場合どのように対処するのが正解なのでしょうか。実は仏教を開かれたお釈迦様も時には他人から悪口を言われることもあったそうです。

ある男がお釈迦様を怒らせて評判を下げてやろうと企みお釈迦様をひどく罵り(ののしり)ました。それを黙って聞いていたお釈迦様は男が言い終わるとこう尋ねました。「お前は祝日に家族や親戚を招待して、もてなすことはあるか?」男は「そりゃあるさ」と答えます。「ではその親戚がお前の出した料理を食べなかったらどうなる?」「食べなかったら残るだけだろ」と男は当たり前のように答えます。するとお釈迦様はこう返します。「私に対して悪口を言い、罵ったとしても私がそれを受け取らなかったらそこに残るだけで誰の物にもならない」と。男は「いやいや、あんたに対して言った悪口なのだから受け取らなくてもあんたのものだ」と主張します。「私は受け取ってないのだからお前の悪口はお前の手元に残っている」これを聞いた男はムキになり「ではどうすれば受け取ったといい、どうすれば受け取ってないと言えるんだ」と聞き返します。するとお釈迦様は穏やかに言いました。「罵られたとき罵り返し、怒りには怒りで報い、打てば打ち返す。それらは受け取ったということになるのだよ。反対に何とも思わずにいるものは受け取ったことにはならない」これには男も驚いて「あんたはどんなに罵られても腹は立たないのか?」と聞き返すと「本当の賢さを備えた者に怒りはない。外で風が吹き荒れていたとしても心が乱れないのと同様に、どんな暴言にも心は乱れないのだよ。それとは逆に、怒りには怒りで報いお互いを傷つけ合うのは愚か者がすることだ」と答え、男はその場で謝罪をしてお釈迦様の弟子になりました。

 

お釈迦様のように振る舞うことは難しいかもしれませんが、雨や波の音に怒る人はいません。心ない言葉や暴言は聞き流し、受け取らないようにする心がけをして日々精進いたしましょう。

合掌

法務部 玉置

 

 

 

 

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