明顕山 祐天寺

論説

祐天寺研究ノート10

祐天寺精史(五)

常念仏、善久院にて相続

祐天寺研究室 主任研究員 伊藤丈

享保3年(1718)9月12日、寺社司御月番土井伊豫守殿の役人矢野五郎右衛門から、龍土町の隠室で祐天大僧正の喪に服す祐海宛てに、呼状が届きました。

即刻、土井伊豫守殿の役宅に祐海が参上すると、土井伊豫守殿は直々、「9月3日、貴殿が願い出た祐天大僧正さまの常念仏修行の新寺建立の儀は、相かないがたければ、その願書をここに差し戻す」
こう仰せられました。祐海は矢野五郎右衛門が差し出した願書を受け取り、隠室に帰りました。

隠室に戻ると祐海は早速、その旨を委細に手紙に認め、翌13日朝に、本丸の御老女がたにそれを持参するよう、かねを呼び寄せ手渡しました。
文面は次のようでした。
「一筆申しあげまいらせそうろう。上々さまますますご機嫌よく成らせられ、ありがたくおめでたく存じあげ奉ります。御老女さまがたにも、皆みなお変わりなくおいでとのこと、とてもうれしく存じます。

扨て、常念仏修行相続の新寺建立という、祐天大僧正の願望を成就すべく、9月3日、寺社司御月番土井伊豫守殿へその願書を持参いたしましたところ、昨日、呼状が参り某が役宅に罷り出でますと、その儀は、御老中御月番井上河内守殿へ土井伊豫守殿がご相談されましたが、『成りがたし』と仰せられ、願書を某へお戻しなさいました。

御老女さまがたのこれまでのお計らい、ありがたく存じ奉ります。これ以上、お願いがましきことを申しあげては心苦しいのですけれども、祐天大僧正存命の内、7月15日の日中、永代念仏の存心にて開白された不断念仏を、ただ今、他の弟子ども三十名余と某が、隠室にて相続同唱いたしているところでございます。

祐天大僧正の願望が遂げられないことは、とても残念でなりません。
新寺建立がかなわぬのでしたら、せめて前に申し出ておりました、二本榎の永信寺の寺号を目黒辺りに引き移し、一寺を取り立てて、その寺を祐天大僧正の廟所にいたし、長時の念仏を修行相続したく思います。この永信寺のことは、矢野五郎右衛門に某が過日『あるいは願い出るやも知れません』と言葉を残して隠室に立ち戻った次第にございます。

祐天大僧正を荼毘した折、全身が舎利と成られ、舌根までも残りました。生涯、妄語なき証にございます。祐天大僧正を信仰する人々の中には、さまざまの機根を持つ一方、惑心に苦しむ者がございます。その人々は、祐天大僧正を肉身の阿弥陀如来のように慕われ、滅後であろうとも結縁を請い、その教化と利益をなお一層授かりますようにと、祐天大僧正の遺跡の建立を冀っております。それゆえにこそ某は、公方さまそして御老女さまがたに色々とお願い申しあげた訳でございます。

この後も、わたくしどもをお見捨てなく、お恵みくださいますよう、偏にひとえにお願い申しあげ奉ります。  已上
9月3日
常盤井さま
三む露さま
高 瀬さま      祐かい
外 山さま
田 澤さま         」

常念仏修行の新寺建立が許可されなかった理由は、たとえ吉宗公の思し召しがあろうとも、徳川歴代のご定法を抂げるわけにはいかないからでした。もっとも、天和元年(1681)には護国寺が、元禄8年(1695)には護持院がそれぞれ築造されましたが、この寺院はいずれも、古跡としての寺地と寺号があったればこそ建立されたものでした。

同じく13日、ご留主居大久保淡路守殿からの伝言が、祐海にもたらされました。それによれば、祐海が願い出ていた二本榎永信寺は、実は大久保淡路守殿がすでに引き寺として願い出ていた寺であるから、祐海には他に引き寺を見つけて欲しいと、御老女がたに申し出ていたことを、御老女がたがかねに託して祐海に伝えてきたのでした。

このとき祐海は永信寺の件を知って、直ちに引き寺の願書を認め直し、翌14日、かねにそれを持たせ、本丸の御老女がたへ、その願書を内見させたのです。
「祐天大僧正、かねがね目黒辺りに廟所を取り立て、常念仏修行つかまつりたき存念にございました。しかしながら、だんだん老衰に及んで、常念仏修行相続の新寺建立も見ぬまま、命終されてしまいました。

この新寺建立は、祐天大僧正が年来の願望でございましたが、それがかなえられずに残念と仰せられ、命終の節に某へ『寺社奉行に願い出て、わが宿願を成就せよ』と申し置かれました。

幸い、増上寺御仏殿領として、下目黒村に同寺末の善久院と申す古跡の寺がございます。極めて小寺にて境内が狭く、場所も悪しきゆえ、目黒辺りに相応の地を見立て、右の寺号を引き移し、祐天大僧正の廟所に取り立て、常念仏修行相続いたしたくございます。

なにとぞ、この願いお取りあげくださって、引き寺のことお免し頂き、かつ、善久院に寺号を加えて善久院なに寺と唱えることをお認めくださいますならば、ありがたき幸せに存じ奉ります。  已上
顕誉大僧正弟子
10月13日       祐海
右の願書の案紙を御老中井上河内守殿へご内見にお入れくださいますようお願い申しあげます。文言もこれでよろしければ、どうぞそのまま井上河内守殿にお渡しくださいますこと、切にお頼み申しあげます。
常磐井さま
三む路さま
高 瀬さま      ゆふ海
外 山さま
田さ和さま         」  (つづく)

祐天ファミリー19号(H10-12-1)掲載

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