明顕山 祐天寺

年表

元禄14年(1701年)

祐天上人

綱吉の法問

10月29日、将軍綱吉は増上寺に行かれ、住職雲臥の法問を聴聞しました。『仏説無量寿経』についての法問で、題は「なぜ無量寿と名付けたか」「無量の寿体とは何か」でした。綱吉はそのあと自ら『論語』を講じました。このとき祐天上人も列座して法問に加わり、雲臥は時服10、銀300枚ほか、祐天上人は時服4を拝領しました。

参考文献
『浄土宗大年表』、『徳川実紀』6、『縁山志』7(『浄土宗全書』19)

寺院

桂昌院の法問

9月3日、桂昌院は増上寺方丈に行かれ、「転女成男」の法問をお聞きになりました。

信濃善光寺如来、開帳

信濃善光寺の阿弥陀如来は特に江戸市民に人気のあった像で、本尊の阿弥陀如来のほかに回国如来と称する本尊分身如来があり、これが諸国を巡り開帳されていました。元禄14年に谷中感応寺で開帳された阿弥陀如来も回国如来でしたが、開帳初日の4月25日、王子稲荷(北区王子)や円勝寺(北区中里)に参詣していた将軍生母、桂昌院も感応寺の前を通り掛かり、善光寺如来に詣でたそうです。また8月9日には、江戸城三の丸にこの如来像が安置され、将軍綱吉も結縁されました。

参考文献
『浄土宗大年表』、『徳川実紀』6、『武江年表』1、『江戸の開帳』(比留間尚、江戸選書、吉川弘文館、1980年)

出版

『けいせい色三味線』

浮世草子。江島其蹟(享保8年「人物」参照)著。元禄14年刊行。『役者口三味線』(元禄12年「出版」参照)と同じく書型を横本(横に細長くとじた本)にし、京(島原)・江戸(吉原)・大坂(新町)・鄙・湊の5巻から成ります。各巻とも巻頭に遊女名寄(名簿)を掲げて、以下に遊里を舞台とする短編が収められています。鎌倉屋の源という人が傾城買の心玉(魂)のついた人形を店に投げ込まれてから、ひそかに色遊びを始めるようになり金銭を失っていきますが、借金の支払いを延ばして立ち直る話(京の巻の1)など、どの話にも筋におもしろみがあります。本作の好評により、書型を横本にするものや、題名に「けいせい」や「傾城」の文字をつけるものなど追随作が多く出ました。八文字屋(元禄12年「解説」参照)刊行の小説を「八文字屋本」と言いますが、本書が第1作です。

参考文献
『日本文学全史』4―近世(市古貞次編、學燈社、1990年)、『日本古典文学大辞典』
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